言語化 の検索結果:
…。 さて こうやって言語化された僕の思考は、このブログの中では僕だけの世界を作り上げている。 塾経営者として、塾講師としてこの世界は広告の役目も果たすが それだけではない。 僕が歩んでいる僕の人生を その都度言葉として残す。 古代の人間が残した「壁画」のようなイメージだろうか。 人はいずれ死ぬ。 誰一人として例外はなく。 例えば江戸時代。 多くの武士、ちょうにん、百姓が自分の人生を精一杯生きた。 しかし 今、その人達の生き様の痕跡がどこに残っているだろうか。 その時々の思考、…
…です」の違い 明確に言語化できる中1は松江塾以外にはそう多くないだろう。 いや かなりレアだろうね。 そして中2中3高校生 超絶基本的な問題だが、自信満々か?と問われたら揺らぐ子は高校生にも複数いるだろう。 そして中2中3の「マジ魔単語」の問題はこれ さらにこれに三語短文のお題やら何やらが追加される。 これが365日続くのが松江塾の毎日シリーズだ。 作成には軽く1時間以上かかる。 僕は毎日授業を振り返りながら作問。 もちろんこれは薄皮一枚で確実に定着させていくのが狙いではある…
誰1人、脱落者を出さないように。 だから今年の中1はこの初期段階をめちゃくちゃ時間をかけてゆっくりゆっくりやっている。 もう、それはそれはゆっくりだ。 ということで、動詞3種類が終わったところで like の怖さを確認し、その後は前置詞へ。 これが結構な落とし穴なのよね。 前置詞が苦手 という声はかなり聞くから。 でも、それってよくよく考えると 前置詞が苦手なわけじゃないのよ。 実はその前段階で苦手、いや、よく分からないところが生じてるだけなのよね。 そこを丁寧に言語化。
…】」と 新たな単位を言語化して、家族でヒャヒャヒャと笑えるかどうか。 そこに他の言語化が食い込んでくる? 「あれじゃん!25【聞き取れよ】かもよ」 って。 子供は家庭の会話で賢くする。 好奇心のアンテナも 人の話を聞く楽しさも 何か面白いことを言う気持ちも 目を見て会話する力も そこの算数や国語、理科や社会の知識を盛り込めるかどうか。 子供は犬や猫じゃない。 命を保つだけじゃなくて、上限のない成長曲線を駆け上がらせないといけない。 何のために? 極論、我が子が自分で自分の命を…
…よ。 でもね そもそも絶対になきゃ始まらないってものがあるんだよ。 それは 強い基礎 である。 スポーツでも 音楽でも 仕事でも 全部同じだと思う。 基礎的な知識 基礎的な技術 そういう基礎的な土台って、汎用性が高いんだわ。 広くいろんなものに使えるってことね。 まあそういうものが集約され体系化されたものが基礎なんだろうけどね。 じゃあ基礎って何だ? というところが教育の原点。 各指導者によってその認識や定義は変わる。 というか、そもそもちゃんと言語化できてない人も多いんだ。
一般的な学習方法を言語化する。 まず新しい単元項目を教わる。 そしてそこからそれを使って解ける問題演習に入る。 具体的には、例題や要点のまとめで初めて知り理解した知識で 確認問題や類題を解く という流れである。 この時に大事なのは、なるべくその単元項目のみに絞った類題を解くこと である。 算数や数学は数字を変えたり大きくしたりすればいくらでも演習量は増やせる。 だからその単元項目の理解も進み、定着も早い。 計算なんてその際たるものだろう。 しかし英語は違う。 前から何度も書い…
…プしたが、この画像自体はどうでも良くて、この間に入る僕の言語化こそ大事。 この土台蓄積の一年後に こういう授業を楽しめる時が来るからね。 そしてオリジナル自作長文を毎日毎日たくさん。 マジ!魔単語も中1バージョンでそろそろ始まる。 もうこの授業には、外部から誰も合流できない。 「まだこの段階なら基礎の最初だから大丈夫でしょ?」 と思うかもしれないが、とんでもない話だ。 ここに来るまでに、一体どれほど「超弩級」の大切な基礎事項を積み上げまくったか。 さて 今日の授業も楽しみだ。
大学入試問題解いてる子達が 高校入試で満点取れないなんて あっていいはずがないよねー だから中3にこの話をした。 もう、ノウハウとして言語化したさ。 ああ、したさ。 そしてその話は全く同じ内容で中2にもした。 この学年には実学年中3の子達もかなり多いからね。 そしてそのすぐ後に、佐賀県の入試過去問に突入した。 さあ 今の話は即効性のある内容だから 満点出ちゃうかもね。
同じ学年で、その言葉を知っている子と知らない子 「そんな言葉知っててすごいね!」 と感心するのではなく 知らない我が子に対して大いに危機感を持とう。 いや 持たなくてはならない。 その言葉を知らない ということ。 その対象物や出来事を言語化できない つまり、その子の世界の中に「無い」のである。 これはとても怖いことなんだ。 だから三語短文 薄皮一枚を重ねていこう
人生は取捨選択の連続だ。 時間は有限。 身体は一つ。 チャンス、そのチャンスに限れば人生でたった一回だろう。 高校野球をやっている子達の中でプロ野球になれるのは0.16%だそうだ。 そして、さらにそこから10年間チームに在籍できるのは4割 つまり 0.06% だという。 「別にプロは…」 と思うのかもしれないが、じゃあその時間 勉強と引き換えに何を得るのか ちゃんと言語化できる自信と根拠はあるのか。 親として しっかりと考えたいところだ。
特に普段と変わったところもなく、淡々と動き出そう。 今年、「あること」を実験中なのだが それについてはもう少しあとで言語化しよう。 そうしよう。 ゴミ出しが終わったので、これから洗い物を片付けてお風呂に入る。
… この力 きっちりと言語化して理解している子は少ない。 それを指導できる講師も多くない。 フワッとした理解だけの子達に ガチの精読は全く染み込まないから だから講師側もそれを分かっていて、あえてフワッと教える。 これが「なんとなく訳せる」という子達を大量に発生させてるんだ。 今の教科書がヤバいのは、学んだ文法事項だけで教科書をキッチリと訳しきれないところなんだ。 多様な表現をたくさん得る というお題目は良いんだけども 最初からフワッと訳す、ということを前提として文が書かれてる…
…イスを噛み砕き、僕の言語化力でお伝えする。 しかし それにしても子供に言い負かさせる親というものは いつの時代にもいる。 もう30年前から何も変わらないんだ。 親と子 言語化でぶつかり合うとき、 そこに立場の違いなど関係ない。 単純な「論戦」である。 今の風潮として「論破」なんてワードもよく耳にする。 論、つまり自分の考えや意見を言語化したもので相手を打ち破る。 これで負けたらダメよ、ダメダメ。 絶対に負けられない戦いはあるから。 というか、子供に「勝った」と思わせてはダメ。…
…親単科は、テーマだけ決めてノープランで話している。 他の学年の授業と同じだ。 まさにその瞬間に生まれた「なまもの」の言葉を出す。 思考をスグに言語化だ。 そしてその言葉は授業を受けてくれている生徒達の頭の中に入って、 そして僕以外の人たちの脳みそをぐるぐると回す。 こう書いていて、ふと思う。 昨日の地頭の授業だ。 僕が教室で見ている限り、地頭の良い子というのは何が優れているのかの話。 そもそも、語彙が乏しければ地頭もクソもないよね だから、ちゃんと三語短文をやって欲しいんだ。
そうか 大手塾なんかで講師向けにやる模擬授業って こういう感じなのかもね。 今、僕の授業は8人の「プロ」が生徒として受けてくれている。 たまにその感想などが送られてくるのだが それを見ると僕の授業の本質が言語化されるようでとても嬉しい。 なんと、恵まれた環境か。
前から何度も言っている。 音読の上手い子は賢い。 文字を見て言語化する回路 脳みそに言葉を届ける回路 これが太い証拠である。 脳みそに言葉が速く正確に届くのであれば 考え始めるタイミングも、理解するタイミングも早い。 この早さの蓄積の差こそ、賢さの差である。
…人たちばかりだから だから僕は「有料版真島」になる。 親単科2025では、徹底的に「親」としての本音をぶちまける。 ノウハウを出しまくる。 僕の経験は、我が天使な奥様からの提案と実践、刷り込みの影響が大きい。 行動力と言語化力に元々自信があった僕に、天使のノウハウが注入されたような感じだ。 これを聞きたいと思ってくれている人だけに伝える。 僕の考えをかなりの高純度で言語化したものがこのブログだが 塾ブログだから書けないことも多々ある。 かなりある。 それをどんどん出していく。
…そのお手本を説明する言語化がある。 それを見る それを聞く それを書く その時に、書いた自分の文字を見る。 お手本との違いはあるのか、ないのか。 書いた本人が一番分かっているはず。 そのズレを認識していながら 「まあ、こんなもんでいいだろう」 と思う気持ち。 これが学力が上がらない最大の理由だ。 「お手本とのズレ」 これが認識できないのであれば、その前段階で人の話を聞いていないし、見ていない。 つまり 論外 である。 人の話を見て、聞いていて、ズレを認識しているのにも関わらず…
…だ。 目の前にないことを言語化して、お互いに共通の物事を想像して話をする。 盛り上がる。 話し手も聞き手も、ちゃんとした国語の力がないと会話が成立しない。 「・・・・・なのよ!酷くない?どう思う?」 そう聞かれて 「え?何が?」 と返す人は、周りから人がいなくなっていく。 相手の話を聞くっていうのは、文章を読むのと同じ。 聞いた話を理解するのは、読んだ文章を近いするのと同じ。 質問されて答えるのは、耳か目か、その質問が入ってくる道が違うだけ。 結局、コミュニケーションなんだ。
いよいよ本格的な始まる親単科 自分の中にある「本当の自分」と「親である自分」の存在 そういうものを考え、言語化していきたい。
…学び切った子は、英文法の土台がガッチガチにできている。 なぜそこにその単語があるのか。 これについてしっかりと自分の頭で理解し、言語化できるんだ。 それができていると、高校英文法は本当に「おまけ」みたいなものになる。 過去完了 大過去 未来完了 仮定法過去完了(ハイブリット含む) 関係代名詞whose 関係副詞 今、新中3はここまで終わっている。 この授業動画を新高1、新高2の新設された有料高校部の方に配信し、 毎日シリーズにも入れていく。 さあ いよいよスタートの号砲が鳴る
100%喧嘩になるとは言わないよ。 相性もあるし 普段の関係性も大きいし。 しかし、親が家で我が子に勉強を教えると かなりの高確率で喧嘩になるか、親のイライラが蓄積される。 そうだな… 松江塾で納豆英文法を学んだ子が英語得意になる確率と同じくらいのかなぁ。 なぜそうなるのか それをさすがの言語化で記事にした松江塾ママブロガー この記事をお読みいただきたい。 ぜひ、読んで首もげの世界へ! ↓
…と納豆英文法、さらに言語化スキルを一子相伝で吸収してもらう。 言語化能力に関しては元々僕よりも高い。 さらに横幕先生の持っている指導理念、具体的ノウハウなどなども伝授してもらう。 さらに! あの数学リニアの生徒派の草下塾長にも塾講師のなんたるか、指導のなんたるか、を研修という形でしっかりと教えてもらえるよう頼み、快諾してもらえた。 つまり 松江塾の真島 ビリギャルの横幕先生 生徒派の草下塾長 この3人のノウハウをまだ若いその脳みそに叩き込むわけだ。 もちろん、特に生徒派の研修…
つまりね 「俺、すげーんだ!」 という自覚があればいいんだ。 多分、それは何歳でも良いんだと思う。 本人の自覚 それを見つけるのは親。 言語化で塗り固めていって欲しい。
…はエースで4番 大体がそれでしょ。 その自覚 俺、すげぇ。 自信? そりゃ、あるっしょ。 つまり 早期からのプライドポイントの形成、獲得、自覚。 プライドポイントは、本人の自覚の芽生えを親が見つけて言語化で輪郭をかためていくことによってより確かなものになる。 「すごいね!それ、もうできるんだ!」 「よく知ってるね!驚いた!」 こうやって、勉強、知識、好奇心、記憶 そういうものに対し「俺、エースで4番なんだ」という自覚を持たせること。 勉強猛者達は、こうやって歩みを始めるんだ。
なぜなら、常に変化しているからだ。 「こんな塾だよ」 と答えたとして、それを体験したいと思って入ってみると もうすでに違う感じになってる。 唯一変わらないとして言語化するとすれば 「この先がどうなるか分からない塾」 だろうか笑 でもね これからの世界はこの不確定・不確実な中でどんどん変化していくことが確定しているのだから 松江塾を通してそれを味わっていけば この先の世界を楽しめるし 何なら、その変化を自分で起こすことに何の抵抗も感じない人になれるんじゃない?
…僕の授業なんて、授業内容すら雑談だ。 特になんの話をしようと決めているわけではない。 ただ、教室の空気、オンラインの子達の表情なんかを見て 「あ、今言いたいことがあった!」 と気づく。 だからその思いを鮮度の高いうちに言語化するんだ。 今日の小6授業、前半は毎日和文英訳を即興で30問出題した。 中1の最初から、中2の不定詞の前までね。 1時間かかった。 そして後半は自学。 でもその最初に少しだけ話をした。 この話、結構いいと思うぞ。 てか かなりいい。 ショート動画にしよう。
…のいろんなところが「言語化できる可能性」という意識のフィルターを通して見えるようになる。 つまり 世界の解像度が上がるのだ。 日々のいろんな場面が新鮮に感じるのだ。 これは書いた人なら分かるはずだ。 もちろん、日々の生活や仕事、子育てが圧迫されるのは本末転倒。 その匙加減が自分でできる人を「大人」と呼ぶからね。 さて こうしてみんながブログを書き始めるとね いつか必ず誰かの記事がバズる。 書いてる内容が「子育て期」だから。 みんなどこかで悩み、迷走し、情報が欲しくなるでしょ?…
僕はブロガーで、塾講師だ。 ブログで書いて 授業で話す。 どちらも「言葉」だね。 今、たくさんの松江塾ブロガーが増えていて嬉しい。 みんな等しく、我が子を見て言語化。 デジタル母子手帳 文の上手い下手とか? 自信あるない、とか? 誰かの役に立ってるとかとか そういうのはどうでもいいんだ。 書きたいことを書く! 自分は自分! それでいいのさ。
…なのよ。 おいおい 言語化のプロじゃねぇのかよ! とか突っ込まれそうだが、 もうこの「面白い」は、要素が複雑すぎて定義付けできないのよ。 だからこそ、この教育という世界において 「授業は完全に属人」 と言われるわけだし。 でも、それでも言語化しておかないといけない要素はあるよ。 それが題名に書いた通りだ。 まず、全ての土台に「コントロールされた環境」がしっかりとあるかどうか、だ。 イメージは 鬼滅の刃の鬼舞辻無惨 あれだ。 鬼達は、その末端まで鬼舞辻無惨の意識の中にある。 ま…