生まれもっての何かがあるのは承知している。
気質は変わらないということも何度も書いてきた。
だが、それだけではないことも当然知っているし、見てきた。
何十にも重ねられたオブラートが年齢とともに外側から溶けて
へえ、そんな一面もあるのか
ってものが見えてくることもね。
僕のブログを見る人たちは、きっと何かしら「我が子を成長させたい」「我が子をもっと良くしたい」と考える人が多いと思う。
そうなると、僕の記事に多く出てくる「うまくいってる子達」の記事からヒントをもらいたいな、とかも思うんだろうね。
それはある意味「自己啓発本」みたいな価値があるのでは?と思うが
その前にやるべきことがあるんじゃないかな、と思った。
それはまず「我が子を見る」ということをやってもらいんだ。
今の我が子
生まれてから数年、十数年
その結果として今の我が子がある。
じゃあ、その数年間、十数年間実際に何を与えてきたか。
何を見せてきたか。
何をやらせてきたか。
分かりやすく東西南北で話をしようか。
生まれてから我が子はずっと西に進んだとしよう。
最初は歩くことはもちろん、ハイハイだってできなかった我が子。
でもその頃からズリズリと西に進み始めた。
立ち上がり、歩き、そして走って西に向かう。
例えばスポーツ
例えば音楽
例えば勉強
親のある願いや方針にしたがって、我が子はどちらかの方向に進んできたと思う。
それをね、ある瞬間に「やっぱり東だ!」と思い、西とは真逆の東の道を作り、我が子を進ませようとする。
もうわかるね?
我が子は西に向かって走ってるんだ。
それを反対側の東に向けさせるのって、相当大変だと思わない?
流石に「0-100」の話じゃない。
でも少なくともある程度の成長していれば「方向性」はあるはずなんだ。
この「我が子が進んできた方向性」を見ずに、望む「東」だけを考えてもダメなんだよね。
我が子が人の話を目で聞かないとしよう。
話しかけても目を合わせないとしよう。
そうなると、結構な分野で芽は出ない。
そんな子を何かの習い事に突っ込んだとしても、望むような結果や成長はない。
他者からの情報を目で受け取れない子は伸びない。
僕が30年以上、多くの生徒たちを見て断言できることだ。
だからまず「あ、この子人の話を目で聞かないな」と思ったら
これまでその観点を子育てのポイントに置いてこなかったことを反省し、そこをまず改善しないと。
我が子の「今」を見よう。
そしてその「今」はこれまでの自分の子育ての結果だと認めよう。
これはもう、苦しいけど認めよう。
その子の気質の部分もあるだろうが、それとは切り離せるものはできるだけ切り離して見つめ、認めよう。
まずはそこからだと思う。
こうやって「あなたのこれまでが悪い」ということを書くと、それを受け入れられない人もいるだろう。
「診断出てるし!」
とそれを引っ張り出してきて自己防御に走る人もいる。
だがね
それで何かが改善するのか?と思う。
昔はそれを「我が子の個性」と認め、「じゃあ、どうするか」と考える人が多かったはずだ。
だが今は「ほら!私のせいじゃないでしょ!ほら!この診断結果を見てよ!」となる。
で?
じゃあ、どうする?
という思考が止まる瞬間だ。
ぜひ、思考を止めないでもらいたい。
思考が止まらなければ行動は止まらないから。