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松江塾代表真島による何でもブログ!

願うなら黙って見守れ

 

 

 

これは中学生と高校生の親に向けたメッセージ。

 

小学生はその子の成長の差が大きいから、手の離しどころをまちがえちゃいけないからね。

 

さて

 

我が子が中学生、高校生。

 

大切な我が子だ。

 

その先の道に関して期待もあれば、不安もある。

 

当然だ。

 

中卒より高卒、高卒より大卒

 

同じ大卒でもあの大学

 

あの大学よりその大学

 

その大学よりこの大学…

 

親の願いはどこまでも続くのだ。

 

そして僕は思う。

 

同じ親として思う。

 

子育ての先輩として思う。

 

願うなら黙って見守れ

 

と。

 

親の願いの行き着くところは

 

 

我が子には勝ってもらいたい

 

我が子には成功してもらいたい

 

我が子には負けないでもらいたい

 

我が子には失敗しないでもらいたい

 

我が子には失敗しても立ち上がってもらいたい

 

こういうことではなかろうか。

 

 

 

 

じゃあ、ここでしっかりイメージしようか。

 

 

 

何かしらの道で

 

勝ってる人

成功してる人

負けない人

失敗しない人

失敗しても立ち上がる人

 

 

具体的に

 

誰でもいいよ。

 

パッと思いつく人

 

 

 

 

どうだろうか

 

 

そこに、その人の親の存在は見え隠れするだろうか。

 

その成功や勝利や立ち直りに

 

親のおかげ

 

親の先回り

 

親の「良かれ」

 

 

はあるのか、ないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

ないのである。

 

 

 

 

親の存在意義は何か。

 

それは、

 

我が子を産み落とし、我が子が自分で生きていけるまで育み、その命を長らえること

 

ではないか。

 

生物として、少なくとも中学生くらいまで成長すればもはや自分で生きていくことは可能だ。

 

この文明社会が存在せず、大自然しかない状況であれば

 

12歳にもなれば自分の命を自分で長らえることはできるのである。

 

 

つまり、本来親の役目はそこで終わり。

 

人間以外の生き物の多くがそうであるように、

 

人間も本来、種として強く生き抜いていくにはその年齢あたりで親は手を離すべきなのである。

 

 

話を戻そう。

 

 

あなたがイメージした

 

勝ってる人

成功してる人

負けない人

失敗しない人

失敗しても立ち上がる人

 

そういう人達は、きっとかなり早い段階で自分で自分の目標に気づき、それに向けて自分で頑張ったと想像できるのではないだろうか。

 

 

親は当然そこにいて、何かしらのサポートはしただろう

 

 

しかし

 

その目標に向けた道では

 

きっとその人が自分の意志で能動的に歩いていた

 

そう想像できるのではないか

 

 

 

 

 

 

しかし、こうやっていくら想像はできても

 

 

こと我が子のこととなると親の行動はおかしくなる。

 

我が子大切さゆえに、判断と行動をミスるのだ。

 

 

先回りして小石を拾い

 

良かれと思ってお膳立てをし

 

それで成功に一歩でも近づくと誤解し

 

 

一生懸命、我が子が勝てなくなるようにせっせと行動する。

 

 

こういう親がなんと多いことか。

 

 

 

そういう人たちは皆同じことを言う。

 

 

「でもこうしないと本当に何もしない子なので…」

 

と。

 

 

違うよね、

 

そういう考え方だから、あなたの子供は何もしなくなったんだよね?

 

 

てか、分かるよね?それくらい。

 

 

思い出しなよ

 

首座り

寝返り

かまり立ち

 

 

子供は自らの意志でやるようになったでしょ?

 

できるようになったでしょ?

 

 

子供は本来、好奇心と能動力の塊として生まれてきたよね?育ち始めたよね?

 

なんで今、自分からやらなくなった?

 

 

100%能動力だった子が、なんでその能動力を減らした?

 

 

「やってごらん」という言葉

 

「やってあげるよ」という言葉

 

 

その繰り返しと積み重ね

 

 

その差だと思わない?

 

 

 

親の「良かれ」は子供を敗北と失敗に誘う。

 

何百人という生徒や親を見てきてたどり着いた答えである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、ここまで読んでもなくならない「親の良かれ」と「先回りの小石拾い」…

 

 

 

 

 

 

まあ、いい。

 

 

 

松江っ子達には縁のないことだから。

 

 

 

 

 

 

今日も松江っ子達は見守られ、頑張る仲間達に囲まれ、もしくはその存在を心のどこかに置き、頑張る

 

 

のである。