さてさて
燃えそうな話題ではあるが
2000年前後あたりから、日本の長期経済低迷が始まり
そしてその時期に近しいところで個別指導塾の台頭が始まった。
日本の国力停滞の根本的原因はいくつか考えられるが
その中に「競争力の低下」は間違いなくある。
これまた色々な原因が競争力の低下を招いていることは間違いないが
そもそも、日本人の中から「競争心」のようなものが無くなり始めたのではないか?と僕は思っている。
この要因が、個別指導塾の台頭なのかどうか。
それとも、少子化の始まりとともに塾業界が焦り、生徒確保のための「よりきめ細かい指導」を謳った個別指導に目をつけたのか…
まるで両輪のように日本の子供達から競争心を奪ったのでは?とも思う。
みんなの前で恥をかきたくない。
比べられたくない。
ちょうどこの頃か?
運動会の徒競走で順位をつけなくなったのは。
頑張ってるみんなが等しく素晴らしい!という、暗黙の「みんな等しく」という考え方。
機会の平等ではなく、結果の平等まで求める空気感。
そのくせ、SNS上では沸々と「うちの子秀でてる」自慢は続き、むしろ加熱。
人にはさまざまな優劣、得意不得意はある。
それはもう、絶対的な現実だ。
理科が好きではなく、できない子がいても、その子はバキバキに国語ができる。
エンジニアが作り出すテクノロジーを、その子が国語力をフル活用して世の中に売り出す。
そうやって日本は世界の中でのしあがった。
違うか?
集団の中で自分の何が秀でてるのか
それを嫌でも見なければならなかったかつての日本。
そしていろいろ未発達で目が行き届かなかったが故に、その得意分野で堂々と自尊心を持って勝負できる土壌があった。
学校で一番算数ができる!
これだけで自信満々になっていい空気があった。
しかし今は違う。
手のひらに、溢れかえるほど「全国一位」の情報が入ってくる。
そんなもの、大半がフェイクだし、本当にいたとしても氷山の一角のさらに先っぽの塵のようなものなのに
それを見て自信喪失。
世の中の解像度が高くなりすぎたんだろう。
かつて、雲の上の存在は文字通り雲の上にいて見えなかった。
だから小さな山の頂上程度でも、自己肯定感の塊みたいになって野望を胸に抱けたんだね。
さて、話がだいぶとっ散らかったがね
いい?
子供には「勝った上での自信」が必要なんだ。
調子乗ってる、くらいでもいい。
それはいつどこで得られ、養われる経験か。
競争
これだ。
人が本来、本能的に持っている
生存競争
である。
我が子が負けるところを見たくない親は多い。
だったら、勝たせればいいじゃないか。
なぜ勝負の場から遠ざける?
せめて家庭の中では「あんたが一番!」と目を見て堂々と心の底から言ってあげてほしいのだ。