いろんなところから聞こえてくるし、
どうやらここ川越もそんな気配がしてきた。
明らかに、教育熱の低い層が増えていると。
国の勢いがなくなっていく時って、国民一人一人が醸し出す熱量見たいなものが減っていくんだと思う。
それは仕事に対しても、教育に対しても、だ。
まだ首都圏では中学受験が加熱してる、なんていう話は有名だが、
これだって、周りから外堀を埋められていくように徐々に徐々に低下してくんだろう。
でも、目を世界に向ければ
アメリカや中国、インドなどの経済成長の著しい国では
教育熱の低下なんて見られない。
日本以上の学歴社会なのだから。
そこでバキバキに競争している子達が世界のあらゆるところでリーダーシップをとっている。
我が子は?
日本人である我が子は?
おそらく「英語」は鍵を握る要素ではあるが、
そもそも英語をツールとして使う人間そのものの素地が違うのではないか。
と思う。
つまり英語を使いこなしてたとしても、ベースは日本人だ。
「いや、それは違う。私の方が正しい!なぜなら・・・」
と堂々と主張することが当たり前の国民性に
我が子らは英語を駆使したとて戦っていけるのだろうか・・・。
加えて国力の低下だ。
停滞ムードが漂う。
教育熱の低下も・・・
これはもう、ここの家庭で親が抗うしかないではないか。
だから
親が頑張らないといけないのである。