新規入塾を考えている方と面談をした。
ここ最近ではとても珍しいことだ。
久しぶりすぎてとても充実した時間であった。
その中で「英語は特に何もしていない」ということをとても不安そうに話されていた。
僕はそれを聞きながら「いや、むしろ…」とお返事をしたんだ。
中学英語、高校入試、高校英語、大学入試
そのルートを歩んでいく子達にとって、これは本当に声を大にして言いたい。
中途半端な英語の知識はむしろ害悪
だと。
小学生の特に早期の段階で触れる英語は会話がメインだ。
ちょっとした会話を通してフレーズを知り、繰り返して覚える。
題名に書いた「あざす!」だ。
日本人で日本語で会話をする時
いちいち毎回「ありがとうございます!」とはっきりとは言わない。
友達や家族となら
「あーとー」
「りがとねー」
「あざー」
実際、こんな感じが多いのでは?
今は特に「使える英語」というお題目によってカリキュラムらしきものが組まれるから
「りがとー」
「うす!」
みたいな会話の練習をする。
でもね
さっき書いた中学英語から大学入試というルート中で
英語を武器として歩むには
ありがとう
ではなく
ありがとうございます
でもなく
有り難いことでございます
この言葉まで知る必要があり、
そして「有り難い」、つまりなかなか有ることが難しいくらいのことをしてもらったりして恐縮だし、感謝してます!
という気持ちを込めて相手に伝える言葉だ、というところまで知り、理解しないといけないんだ。
そしてそうやっていろんな言葉の本質や語源に触れることで「なるほどね」という経験を積み、脳みそ自体を鍛えていく。
これがそのルートを進むときの英語学習の本質なのである。
早期英語だって、家庭でもほぼ100%英語を使うような環境に切り替え、学校もインターとかにすれば意味のないことではない。
そして英語という言語を通して「有り難いことでございます」というような本質まで英語で辿り着けば脳みそは鍛えられる。
しかし日常会話も思考もほぼ日本語の子達が
あざす!
みたいなものをいくら増やしたとて
なぜ感謝の気持ちを伝える時は「ありがとうございます」なのかを知り、理解することがなければ
そのルートをたくましく歩いていく思考力なんて育たないんだよ。
どういたしまして
これは、何?
このひらがな8文字が、どうして感謝の言葉に対する返事なの?
とのようにいたしまして
どのようなことをいたしましたか?
感謝されるようなどのようなことを私がしたでしょうか?いや、していないですよ。
という、謙遜の気持ち。
そして日本語によくある言語省略文化
ほら
すごくない?
この「へー!」という感覚。
ありがとうございます
と
どういたしまして
たったこれだけの会話のやり取りの中に
理解
思考
想像
納得
そして
面白さ
まである。
この感覚を、英文法学習の中で感じてほしいから
だから
あざす!
うす!
じゃねー
うぃー
が溢れた状態で「俺英語できる」って感覚で来ない方がよいのよ。
その状態で
問題 次の文を疑問文にしなさい。
問題 次の文の下線部が答えの中心になる文を書きなさい。
問題 次の文とほぼ同じ意味になるように空欄に適語を入れなさい。
という問題と向き合って欲しくないのよ。
その時、ガラガラと音を立てて「あざす」「うす」が無価値なものとなって崩れ落ちる感覚を感じて欲しくないから。
何度も言ってきたし、これからも何度も言うよ。
日本人は
日本語で感じ、日本語で思考する。
話したくない
話したくはない
話したくもない
ひらがな1文字が有るかないか、どんな1文字が入るかで意味が微妙に、さらに大きく変わるこの感覚。
それをしっかり感じられ、なんならその違いをしっかりと言葉で説明できることのほうが
英単語一つ覚えるよりも大切なんだ。
そしてそこまで母語を鍛えた子達にとって
英文法なんてめちゃくちゃ簡単だから。
だから今、お金と時間使って「あざす」「うす」を増やすことは
僕は反対なんだよね。