多くの人にとって「学力」とは18歳、大学入学時の力を意味する。
教科書に載っている知識を、いかに正しく、いかに効率的に使いこなせるか
それを数値化したものと言えよう。
それを追い求め、東大を頂点としたゴールに向かい
幼少期から必死で我が子の尻を叩く。
それは別に芸術だろうがスポーツだろうが
何かの能力を磨き上げる、という点で何一つ間違ってはいない。
しかし、18歳の時点でその「学力レース」はゴールを迎え
そこから先は「君は人として面白いのか、使えるのか」という尺度に切り替わる。
全く全てが切り替わるわけではない。
計算力
論理力
試行錯誤力
忍耐力
そういうものは、学力を身につけていく段階で自然と副次的に身にはつくから。
しかし、息子の就活を見ていると
どうもそれだけでは説明のつかない「他者からの評価」があるように思えてならない。
同じ大学なのに、ことごとく面接で落ちまくり、まだ内定をもらえていない子もいるというし。
そういう、社会に出てから受ける他者からの評価、ここでは「人間力」として考えていきたい。
この人間力
具体的になんだろう?と考えてみる。
「あの人、いいよね」
「うん、分かるー!」
と評される力
それって何だ?
まず絶対にあるのが「コミュニケーション力」だ。
人の話をしっかりと聞き、適度に頷き、笑う。
相槌も適切で、間を埋めつつ自分の考えやツッコミも挟む。
話している人が心地よく、どんどんと言葉を紡ぎたくなるような
そんな口頭対応ができる力
今は実際の対面口頭だけじゃなくて、文面での対応も大事だよね。
そしてそのコミュニケーションの土台にある「共感力」
これも大事。
人はいつだって誰かに認められ、共感されたいと思っているものだ。
その欲や期待にすっと応えられるような力。
さらに、その場にないことをゼロから言語化する「発想力」
その人がいると、いつも何か新鮮な空気が沸き起こってくるような
そんな感じ。
どうだろう
今の時点で僕が考える「人間力」
最初に書いたいくつかの力にこれらが合わさったものの具体像。
まとめてみようか。
コミュニケーション力
共感力
発想力
計算力
論理力
試行錯誤力
忍耐力
うん、なかなかに人から評価される感じの人物なんじゃない?
じゃあ、今度はそれを育てるにはどうすればいいか。
なんでもそうだけど、○○力を育て、伸ばすには「○○」の反復回数が肝だ。
まず、子供が「○○」を発動した瞬間を見逃さないこと。
発想
共感
コミュニケーション
この発動を見逃さずに言語化。
「へー!!面白い発想するね!普通は考えつかないよ?すごい!」
「人の気持ちがよく分かるんだね!その年齢でそこまで共感できる子は少ないよ!すごい」
「会話の返しが最高に上手いね。なんかもう大人と話してるみたいな気持ちになる!」
こうやって、子供が「得意げ」になるような言語化。
「自分は○○の能力が秀でてるんだ」
と自覚させること。
大事なのは、「その瞬間」を見逃さないこと。
それには常日頃から子供をよーく観察し続けることが大事。
大事。