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松江塾代表真島による何でもブログ!

「この子賢い」と一発で分かる質問

 

昨日のプレで僕が算数の解説をしている時のことだ。

 

問題は「小3」向けの文章題。

 

当然、小1や小2にはハードルが高い。

 

簡単に言えば、「大人なら方程式を使って解ける問題」である。

 

そんな問題の解説、当然「目、こっち向いてる?見てる?」と数秒おきに声かけし、

 

みんなの方を見ながら解説。

 

そしてその解説の中で

 

57 + 17 = 74

 

という式を書いたあと

 

「これ、暗算できる子いる?」

 

と聞くと、手を挙げたのは2人の「小2」であった。

 

 

まずこの時点で僕の中では「ほほう」となった。

 

「小3」の文章題の時点で、こっちを見てはいるが脳内の思考は停止してる子だっていたはずだが

 

それでも瞬時に手を挙げるということは、

 

聞きながら見ながら「脳が動いていた」という証拠だ。

 

 

そしてまず、一人の子に聞いた。

 

「暗算の時にどう計算してるか説明できる?」

 

するとその子は

 

「7と7を足して14。次には50を足して64、んで10を足して74」

 

もう一人の子にも同じ質問をすると

 

「7と7で14、50と10で60、14と60で74」

 

とスラスラと答えたんだ。

 

 

 

 

題名に書いたのは、何もこの暗算ができるか、ということではない。

 

 

「賢さ」ってなんだろうね?

 

という話。

 

 

 

外部から自分に向けられた情報、特に「視覚」から入ってくる言語化、記号化された情報を

 

タイムラグなく吸収、理解。

 

そして問いに対しての言語化

 

別に発声しなくても、問いを脳内で噛み砕き、理解して自分なりの答えを持つ。

 

もしくは分からなければ思考停止せずに「んー、何だろ…」と疑問のまま言語化

 

そして問われた時、自分の脳内言語化をそのまま発声。

 

 

この一連の流れに停止や澱みのないこと。

 

 

それが分かる時、「あ、この子賢い」となる。

 

 

「分からない」「知らない」ということは当然ある。

 

しかし同じ分からないでもその子その子によって何が分からないのか、どう分からないのかは違う。

 

それを言語化できているかどうか。

 

そこに「賢さ」の違いが出る。

 

 

 

これは普段から周りの大人がどう「問いかけ」をしてきたかが問われる大事なことだ。

 

子供本人がしっかり思考し、言語化できるよう誘う対話。

 

今日は日曜日だ。

 

そこを意識しながら子供と話しをしてみると良いよね。