英検の威力がどんどん増している。
まずは大学受験において。
そして中学受験もすぐにそうなっていくんだろう。
だからこその7級や6級の新設だろうしね。
さて・・・
そうなるといよいよ「英検待ったなし」という状況が広がるのだろうが
小学生の英検受検ロードは3級まではわりとすんなりと進む。
これはもう、拍子抜けするくらいだと思う。
もちろん、勉強も対策もしないと受かるわけはないが、ある程度の対策と準備をすれば「合格」はできるんだ。
単語も日本の日常の中にカタカナとして存在しているものが多いしね。
リスニングだってその単語の意味をつなぎ合わせて内容を推測できる。
ライティングはちょっと大変かもしれないがテンプレがほぼ決まってるようなものだから写経するように覚えればなんとかなる。
そう
なんとかなるんだよ。
でも問題はここから。
我が子が3級に受かる。
特に小学生の場合
その3級は何かと「資格」として使えるものの、威力はまだ弱い。
一応「中学卒業程度」というレベルになっているが
現実に何かを通過するための威力としては本当に弱いのが現実だ。
だから思う。
「次はいよいよ準2級だ」
と。
まあ、3級に受かったのだからそう考えるのは当然だ。
だから喜びと願いと覚悟を持って本屋に行く。
もしくはAmazonでポチる。
準2級の対策問題集を。
でも、実はその時
我が子の心の中はちょっとだけ薄暗くなってるんだ。
そう
本人は3級合格に対し、喜びと同じくらい「あれで受かったのか?」という疑念のようなものが生じてるのよ。
手応えっていうのかな。
確かに単語は覚えた。
リスニングも何回も聞いた。
だから問題にはある程度対応はできた。
だから受かった、と言われればそうなのだろう。
だが・・・
自分は英語ができるようになってるのか?
これに対し、おそらく9割以上の子が「全くそんな感じはしない」と感じてるはずなんだ。
よく専門家が「英検3級は単語の意味からの推測ゲーム」だと言うが
まさにそれ。
よく分かってなくても単語の意味さえある程度わかればなんとかなってしまう。
これが3級合格の現実なんだ。
多くの子にとっては、ね。
そしていよいよ準2級。
こうなると、一気に世界が変わる。
それが・・・文法だ。
have been
have had
had been being
have had been
これらを正しく理解できるか否か。
そういう世界が一気に広がる。
そして単語もブワッと広がる。
対策問題集を開いた途端、3級とは全く違う世界がそこに。
そうなんだ
文字通り、世界が違う。
英検学習のここが問題点なのだが、
積み重ねの効果が反映されないのよ。
受かるために必要な力と学習ノウハウが断絶しちゃってるんだよね。
我が子に準2級の問題集を手渡し、我が子がパラパラと中を見る。
その時の顔と目をよく見てあげてほしい。
親ならそこで何かを感じるはずだ。