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松江塾代表真島による何でもブログ!

やる気スイッチの正体判明

 

 

 

 

今朝も4時台から頑張る中3が複数名。

 

もう完全に「スイッチ」が入った状態なんだと思う。

 

このスイッチは「やる気スイッチ!と言われるようになって久しいが

 

僕にはまだ

 

「君だけのやる気スイッチを教えてあげる」ことはできない。

 

気がつけば「あれ?」「おや?」と、

 

みんなそれぞれ、スイッチが入った状態になっているからだ。

 

一体、やる気スイッチとはなんなのか

 

一体、やる気スイッチはいつどうやっても入るのか。

 

そこで、これまで明らかに「あ!」と思うくらいスイッチが明確に入った子達について

 

あれこれ思い出しながら考えてみた。

 

その子達に、一体何があったのか。

 

 

 

 

まず、ほぼ全員に当てはまるのが

 

 

「何かしらの結果が出た」

 

 

ということが大きい。

 

 

そういう状態になった子達は、ポコっと一教科なり一単元なりで上昇が現れた後、

 

やたらと勉強への没入が顕著になる。

 

「できることでその気になる」

 

という状態だろうか。

 

そして「その気」がさらに次の「できる」を引き出す。

 

これを見て、「何かできるようにさせてその気にさせれば良い」という指導方法が発生するわけだ。

 

そこで大量のプリントを解かせたりして、その単元を得意にさせ、波に乗せようというわけよね。

 

 

確かにこれについては前々から当然気づいており、そういう指導を松江塾もやっていた時期があった。

 

しかし、これは長続きしない。

 

高校生になってからも「先生、対策プリントをまた作ってください」なんて言っちゃう高校生達を大量発生させちゃったし。

 

大事なのは、やはり「自分」なんだよね。

 

 

自分なりに頑張ってみて、それが結果となって現れた時、

 

「よし!」

 

というスイッチが入る。

 

 

これだと思うんだよ。

 

 

だから、やる気スイッチのきっかけは

 

 

「自分の判断と行動で結果を出すこと」

 

って言えるんだよね。

 

 

まあ、ここまでも何となく分かるだろう。

 

 

じゃあ、その前段階に遡ろうか。

 

 

どうしてその「自分の判断と行動」が起きるのか。

 

 

つまり、今黙々と頑張っている「スイッチが入った状態」の子達に

 

そう判断した時

そう行動した時

 

その初めの段階に、何があったのか。

 

 

彼らに共通してるのは

 

 

本来偏差値70出せるだろうな、って子が65の時

本来偏差値65出せるだろうな、って子が60の時

本来偏差値60出せるだろうな、って子が55の時

本来偏差値55出せるだろうな、って子が50の時

 

 

これがあるように思う。

 

つまり

 

僕らから見て、その子が本来持っていると思う力と、現実に出してる結果の落差

 

今は「5」という数字を当てはめたが、

 

この数字がデカければデカいほど、スイッチは入りやすいんじゃないかな。

 

その「本来」の予測は、

 

読む力

計算の速さ

授業中の目

授業を聞いて笑う頻度

 

 

そういったものである程度分かる。

 

その生徒が初めて僕らの目の前に現れた時

 

「おー、できる子だろうな」

 

と思っていて、そして何かしらのテストがあった時に

 

「あれ?おかしいな…。もっと数字出るはずなのに」

 

と、微妙に落差と違和感を感じる子達。

 

 

当然ながら、この違和感は本人達も感じているはず。

 

 

「自分はもっと数字を出せるはず。」

 

 

この違和感。

 

 

でも、現状ではその違和感を有耶無耶にさせてしまう事象が多い。

 

 

例えば部活とか

 

例えばスマホとか

 

例えば人間関係の悩みとか

 

例えば家庭内のゴタゴタとか

 

 

でもそれが「受験」や「大事なテスト」を前にした時

 

 

その違和感を払拭させたいという「欲」や

 

そろそろ違和感とおさらばしたいという「欲」

 

自分でもうすうす自覚している「本来の自分」と「現状の自分」との差異を埋めなければ気持ち悪い、という「欲」

 

 

 

昨日のなし子動画を見てくれた人は分かったと思うが、

 

なし子にはその「本来の自分」というものが、勉強という数直線の上に存在しないんだ。

 

「別にどーでもいい」から。

 

 

でも、あれは極めてレアケース。

 

 

他の部分で余程にプライドポイントや自己肯定ポイントがないと、あそこまでにはならないはずだからね。

 

 

話が逸れた。

 

 

つまり、その「欲」が行動の源泉になるわけなんだけど

 

ここで大事になってくるのが

 

「本来あるべき自分」というものが、その子の中にないと「違和感」すら感じないよね?

 

 

じゃあ、どうすればその子の中に「本来あるべき自分」ってものが出来上がると思う?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親からの肯定

 

 

 

 

だよね?

 

 

 

 

四六時中、親から「お前はダメだ」「お前のそういうところがいけない」「お前はそこを直せ」と言われ続けている子と、

 

親から「あなたは凄い」「あなたのそういうところが良い」「あなたはそこを伸ばせ」と言われ続けている子

 

どっちが「本来あるべき自分」を高く設定する?

 

 

 

後者だよね?

 

 

 

 

よく巷で「褒めて伸ばす」ってあるじゃん。

 

 

あれは、褒めることでやる気になって頑張るって思われてるけど

 

そうじゃぁない。

 

 

人間、そんなに単純じゃないよ。

 

 

あれは、褒めることでその子が持つ「本来の自分感」を高めている、ってことなんだよね。

 

 

つまり、「いずれ伸びるための種植え」ってことよね。

 

 

 

そういう親の種植えがなされた状態の子が塾に来て

 

そして違和感を自分で感じる状況に置かれる。

 

具体的には数字や順位で現れるものに触れる機会を多くする。

 

そうすることで、いよいよ「違和感」がその子の中に芽生える。

 

 

その「違和感」を持った状態の子に

 

 

「君は本来、もっと上なんだよ」

 

と、言語化してあげること。

 

 

この言語化こそ大事。

 

 

 

 

でも、それすら「やる気スイッチ」ではない。

 

 

 

 

親から種をまかれた「本来の自分」と「現状の自分」の差異。それに気づくべく作られた環境で違和感を感じ、それを埋めたいという欲を抱き、その欲を具現化させる選択肢を無数に提示され、それを選び試行錯誤。一人、また一人と周りの子がその試行錯誤の結果上昇していく。それを見て「欲」と「焦り」が強くなっていき、試行錯誤が加速する。

 

これが

 

やる気スイッチ

 

の正体なのではなかろうか。

 

 

 

つまり

 

背中にあるスイッチを

 

 

 

パチっ

 

 

って押せば入るようなものではなく、

 

 

とんでもなく長い時間軸の中での

 

様々な働きかけと布石が必要ってこと。

 

 

 

どうかな?

 

 

分かるかな?

 

 

 

 

もう今さら遅い?

 

 

その種をまいてこなかった?

 

 

 

大丈夫。

 

 

今からまけばいいのさ。

 

 

 

それがいずれ、その子の中に「違和感」を感じさせることになるんだから。

 

 

 

きっと、中学受験や高校受験、大学受験だけで人生が優劣や成功が決まらない理由は

 

 

そうやって後悔して、途中からようやく種植えをする親達が少なからずいるからだと思うよ?

 

 

 

 

僕がよく「ゲラおは大丈夫」「なし子は大丈夫、バカだけど」って言うのは

 

その「種植え」をしている自覚があるからなんだと思うよ。

 

 

 

さあ、親達。

 

 

 

今日もせっせと種植えをしよう。

 

 

 

 

「お前はすごいよ」

 

 

 

ってたくさん言ってあげよう。

 

 

 

 

その一粒一粒が

 

 

きっと大きな花を咲かせるときは来るから。