わたしは、きょうしつの かべに かかっている とけいです。
1年生と 2年生の きょうしつを、もう なん年も なん年も 見てきました。たくさんの 子どもたちが、ここで べんきょうしたり、わらったり、ないたり しているのを、しずかに 見てきたのです。
きょうしつには、いろいろな 子が います。
しっかりものの あの子は、休みじかんに げんきに あそんでいても、おわりに ちかくなると ちゃんと わたしを 見てくれます。「あと 5ふんで じゅぎょうだ」と 気づいて、すぐに せきに もどります。えらいなあ、と わたしは おもいます。
おちょうしものの あの子は、すこし ちがいます。じゅぎょうが はじまった ばかりの ときは、先生の おはなしを いっしょうけんめい きいています。でも、じゅぎょうの まんなかくらいに なると、ずっと わたしばかり 見ているのです。「まだかな、はやく おわらないかな」と おもっているのかも しれません。
ねえ、先生の ほうを 見なさいよ。おはなしを ちゃんと きかなきゃ。 そう おもっても、とけいの わたしは こえを 出せません。ただ、じっと はりを うごかしているだけです。
とけいは、見てもらわないと じかんを つたえることが できません。「いま 何じだよ」と じぶんから 言うことが できないのです。それは、ちょっと もどかしい きもち。
でも、だいじょうぶ。みんな、まいにち かならず わたしを 見てくれるからです。べんきょうの ときも、休みじかんの ときも、きゅうしょくの じかんも。
ことしも、わたしは きょうしつで みんなを 見つめていきます。みんなが げんきに そだっていく すがたを、しずかに しずかに 見つめていきます。
ないようの もんだい(ただしいものを すべて えらびなさい)
ア. とけいは、きょうしつの かべに かかっている。
イ. しっかりものの 子は、休みじかんの おわりに ちかづくと、とけいを 見てくれる。
ウ. おちょうしものの 子は、じゅぎょうが はじまった ばかりの ときから ずっと とけいを 見ている。
エ. とけいは、「先生を 見なさい」と こえを 出して 言うことが できる。
オ. とけいは、だれも 見ていなくても、じぶんから じかんを つたえることが できる。
カ. とけいは、ことしも きょうしつで みんなを 見つめていこうと おもっている。