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【それな】子供「と」じゃなくて、子供に「に」話す、だから

 

最近よく耳にする

 

「子供「と」話してみます」

 

というフレーズ。

 

これ

 

多分親としての立ち位置が変わってきたんだと思う。

 

子供の人格を認め、1人の人間として意見を聞くというスタンス。

 

聞こえは大変よろしい。

 

しかしね

 

 

今日のご飯、何食べたいのか子供「と」話してみます。

 

なんて言うか?

 

特別な日ならまだしも、毎日言うか?

 

そんなのやってたら毎日マックになるさね。

 

夕飯の後の時間、何やるか子供「と」話してみます。

 

とか。

 

でもね、

 

ここにはある「裏」があると思うんだ。

 

多分、そこに「親の負担」が生じる時に

 

子供「と」

 

が発生する。

 

お金とか労力とか時間とか。

 

「ねえ、本当にいいの?大変だよ?やれるの?」

 

と、子供「と」話すとき

 

その時は少なからず親自身にも負担が予想される時なんだ。

 

これ、僕も親だからよーくわかるし経験済み笑

 

親の負担ゼロなら、

 

子供「と」

 

は出てこない。

 

子供「に」話すだけ。

 

 

やっておきなさいよ

 

やらないといけないよ

 

みんなやってるんだから

 

なんて言っておしまい。

 

 

親は毎日忙しいから。

 

 

まず忘れちゃいけないのは

 

子供は成長途上で圧倒的に未熟

 

そして親の100倍、1000倍も好奇心と怠惰に流れていく生き物だ。

 

かろうじて言葉が通じている「ように」感じられる生き物だと思った方がいい。

 

どんなに正論めいたことを言っていても、ほとんどの場合思考は表面だけ。

 

その先の先まで経験に裏打ちされたものなどあるはずもない。

 

 

そんな子供「と」話すことは、果たして目の前の課題や難題を正解に近づけることができるのだろうか。

 

と思う。

 

まずは、子供「に」話す。

 

これが大事。

 

そしてそれに対して反応が返ってくる。

 

そしたらその反応に対して「論点」を見出す。

 

もちろんその論点の選定は親の意図によって、だ。

 

 

これが大事。