言うまでもない。
育てるため
である。
親がなくても、そりゃ子供は育つさ。
生物的にも制度的にも。
しかし親は自分の理想と信念を持って、我が子を「育てる」ために存在してるんだ。
つまり親がいて、我が子がいるのであれば
子供は「育った」のではない。
親が「育てた」のである。
我が子に対し、いろいろ思うところはあるだろう。
しかしそれは親がそう「育てた」結果だということを忘れてはならない。
そして今、いろいろ思うところがあって心が折れそうになってるのも
そういう親がまた子供をそういう方向に「育てる」のだ。
全ては親次第なのである。
なぜ親の言葉が届かないのか
なぜ親の思いが染み込まないのか
言葉を届ける
思いを届け、染み込ませる
これらは全て親が発信源である。
弱いのだ。
そして
甘いのだ。
本気度が足らん。
信念が弱い。
覚悟がない。
そういう親のもとで育てられた子がかわいそうだ。
言い方は悪いかもしれないが
やる気のないヘボコーチのもとで育成された選手ばかりのチームは勝てるか、負けるか。
そういうことだってことを
早く気づいてほしい。
そして、諦めないでほしい。
諦めたら、そこで試合終了だ。
もう、できることは何もないのだ。