まず日本語と英語の文構造の違いを言語化せず、
「そういうものだ」
で止まっていること。
これだ。
よくある古典的な文、
This is a pen.
これを「これはペンです」と教える。
単語として
this は「これは」
isは「です」
aは「一つの」
penは「ペン」
だから、
This is a pen.
は
これはペンです。
という意味になる、と。
これで終わる。
いや、ここから始めることこそ
英語弱者
の始まりなのである。
これは です 一本の ペン
これは 一本の ペン です
そもそも、語順が違うではないか。
もちろん、文字も違う。
そういうところから「なぜそうなのか」を伝えてあげないから「納得」がない。
物事にはなんでも順番があり、
その順番になるには理由があるのに。
それを引っこ抜いて、すっ飛ばして
そういうものだ
としてしまう。
受けての方も、まだ文がシンプルな時だから
この時点で違和感は感じない。
そういうもんなんだろうな、で終わってしまう。
これが後々、どれだけ自分を混乱させるか分かっていない。
いや、分からせてもらっていないんだ。
そして二つ目。
一つ目の「そういうもんなんだ」という、ほぼ理由なんて何も分かっていない段階のものを
「英語も日本語と同様に言語だから、日本語を習得した時のようにたくさん繰り返せば良い」
という、「確かにそうだ」と納得できちゃう理由付けで始まる「たくさん聞いてたくさん言いましょう」という授業。
これね、本当に日本語習得と同じだけの量を繰り返すなら良いんだよ。
でもさ、両親や家族が全て英語で話してるならまだしも、普通の日本人家庭じゃ無理よね?
そう
無理なんだよ。
これが、高校受験生であっても模試の平均点が40点台にまで下がってきている今の英語教育の問題点だ。
まず英語の文構造の根幹を日本語で教え、理解させること。
もっとその前に文字構造も。
そこから始めないと何も変わらないのよ。