先日書いた僕のブログ記事を一文ずつ英語にしてみる。
毎日国語文章読解を来年度から入塾予定の人たちにも送るよ、という記事だ。
↓ ↓ ↓
授業受けてないから全くできない問題も多いだろうが、
You may find many problems that you can’t solve at all because you haven’t taken the classes yet,
大体こんな感じですよ、ということを体験してもらうことは大切だからね。
but it’s important for you to experience what our lessons are generally like.
国語の文章読解と、
Reading comprehension in Japanese, and
英語、社会、
English and social studies—
結構なボリュームに感じられるだろうが、これが現時点での標準だ。
the volume may feel quite large, but this is the current standard.
そしてこれが明日も明後日も送られてくる。
And you will receive the same amount and level of work tomorrow, and the day after tomorrow as well.
これと同等の分量、同レベルの問題を365日取り組むことは、
Working on assignments of this volume and difficulty every single day, 365 days a year,
松江塾なしでは不可能だ。
is something that simply cannot be done without Matsue Juku.
ぜひ、しっかりと体験してもらいたい。
I truly hope you take the time to experience it for yourself.
どうだろうか。
ある程度英語を学んだ経験がある人なら分かるのでは?と思う。
使う文字が違うのは当然ではあるが
そもそも言い表そうとしていることの思考順序が全く違うということ。
これよ。
例えばこの文
ぜひ、しっかりと体験してもらいたい。
I truly hope you take the time to experience it for yourself.
日本語には主語がない…。
でも英語にはしっかりと書いてある。
僕ら日本人はここの部分の思考を言語化してないんだ。
この差、分かる?
言語化してないってことは、考えてないわけよ。
もしくはもう無意識レベルで暗黙の了解になってるということ。
話し手も聞き手もね。
この言語と思考の世界で数年、数十年生きて日本語脳は完成されていく。
その日本語脳で
I truly hope…
と話しだすことは、かなり意識と思考を変えないといけないのよね。
相手に対する要求だってそうだ。
日本語には読み手である「あなた」に体験することを要求してるってことが言語化されてないよね。
でも英語には2箇所もどう出てくる。
誰が、誰に要求してるのか
それがハッキリと言語化されるのが英語だ。
僕らの日本語脳は、ここの部分がことごとく抜け落ちる。
おそらく小さな島国の中で、自らの生存のために争いを避けなければならないという歴史的背景があったのだろう。
日本人が英語を学ぶって、僕ら人間がいくら泳ぎ方を覚えたところで、生活するのは陸の上ってのと同じだ。
大学入試のためにバキバキに英語が得意になった子達がほんの数ヶ月で英語が分からなくなるのも納得だよね。