いろんな先生の指導を見れる時代である。
動画でもテキストでも。
そして、ある解説書を見て気づいた。
納豆英文法がなぜ生徒達に染み込むのか。
それは
そこにある英文の理由理屈を理解する
のではなく
あくまでも日本文からスタートする
ということ。
これなんだな。
僕ら日本人は、まず日本語で物事を思考し、日本語で言語化する。
「あ、今水が飲みたいな」
と。
で、これを英語にして伝える必要があるとして
I'm water,
これじゃダメなんだ。
この、「日本語で言語化された自分の思考」をいかに英文にするか。
この回路を徹底的に太くすること
これが「英語ができる」という自信に繋がる。
究極はこれなんだな。
毎日シリーズでとにかく基本文の和文英訳を繰り返すこと
複雑な文なんていらないよ。
僕ら日本人だって普段喋る日本語は極めて平易なものばかりなはずで。
それと同じ。
でも、それすら身についてないのが今の英語教育だから。