良いか悪いかは別にして
今の日本
いや
世界は日本以上に
勉強ができる、できないで君たちは測定されてしまう。
文化的に成熟した所であればそれは不可避だ。
もちろん
スポーツや芸術という、限られた天才たちの集う世界であれば話は別だが。
ただ、そこは努力の上に分厚い「才能」というものが乗っかる世界であり、
勉強よりもさらに大変な世界であることは言うまでもない。
だから多くの場合、「才能」の存在を気づいた時点で勉強の世界を選ぶことになる。
勉強というのはこの場合、学校の勉強という狭い意味ではなく「脳みそと意思の力」のことを表す。
そうやって測定され、判断され、必要か不必要かを他者によって決められる世の中においては
どうしたって頑張らなければならないときはある。
その時その時で「測定」の機会が設定されているから。
だからその時までに、到達していなければならない段階というものがある
という話を
今日は小4にした。