塾の先生に代表されるような「勉強指導」のプロって
実は結構こだわりが強い人が多い。
癖が強い
と言ってもいいだろう。
もちろん僕だって癖の塊であり、その自覚も大いにある。
塾なんてものは、そのこだわりこそ存続の生命線だとも思うから。
でね
このこだわりって指導者の経験がそのまま指導に具現化したものなんだ。
心の持ちよう、つまりマインドセットから
具体的な勉強方法まで。
中には「そんな細かいことまで?」と思うようなこだわりを見せる指導者もいる。
もちろんそのこだわりが我が子の性格や行動傾向にハマれば効果は大きい。
しかし
それがどうしても合わない場合もある。
例えば松江塾であれば、一人一人の学習管理とかまでをきっちり塾が管理することはしない。
それで伸びても意味がないからだ。
この「意味」の設定も各指導者の判断なんだけれどもね。
塾って実は、コンビニと同じくらいの数があるらしいんだ。
すごいよね?
昨日の法事で住職さんが言ってたけれど、全国のお寺ってコンビニよりもはるかに数が多いんだって。
そして今、「お寺不要」の傾向がどんどん強くなっていて、地方では寺が消えてってるらしいんだ。
まさかまさか、だよね
つまりいつか塾だって「不要」という空気が強くなっていく可能性もある。
少子化は止まらないしね。
さてさて
指導者のこだわりの匙加減
凄く大事だと思うんだ。
松江塾?
大丈夫。
知らんがな、自分のことは自分でやりなはれ。
僕のこだわりはここにあるから。
だって、それができない奴って、この先道がなくなるじゃん?
そのを育てるのが僕のこだわりだから。