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川越にある松江塾!代表真島による何でもブログ!

【国語は受験科目ではない】今、小6達に起きてる静かな変化とは

 

昨日の小6は久しぶりに美味しくいただく国語だった。

 

開成中学の入試問題ね。

 

ランキングテストに向けた自学時間だったり、ランキングテストだったりテスト休みだったりして、

 

本当に1ヶ月半くらいぶりだったかな。

 

1ヶ月半といえば、三語短文が始まって1ヶ月くらい経ったあたりだろうか。

 

あれから毎日三語ずつ言葉を増やし

 

さらに三語短文を作り、テストで確認。

 

微妙な違いで❌になったりして悔しい思いもしただろう。

 

しかし

 

昨日、その久しぶりすぎる文を最初から読み直してもらったんだ。

 

 

僕は国語が大好きだ。

 

文を読むのも書くのも大好き。

 

気持ちの乗った、のめり込むような引き込まれるような文が大好きだ。

 

だからこそ、国語の授業が嫌いだった。

 

目の前には艶々に輝く美味しそうな文があるのに

 

それを見たたけで嫌がる生徒達

 

口に放り込むものの、ほとんど噛まずに飲み込む生徒達

 

「どうだった?」

 

と聞いても

 

「普通」

 

くらいにしか答えない生徒達

 

僕の目の前にいる生徒達だから、もちろん松江っ子だ。

 

それなのに、である。

 

要は文というものに対するイメージや意欲に温度差がありすぎるんだ。

 

だから、その温度差がなくなるまで

 

あまり国語の授業はしないんだ。

 

しなかったんだ。

 

大体中3の秋くらいかな。

 

本人が本気でどうにかしよう思った時、

 

初めてその温度差がなくなり、一気に同じ世界を見て話ができるから。

 

 

でもさ

 

昨日の小6を見ていて感じたんだよね。

 

 

「あれ?読んでる時のこの空気感、中3の秋なんてもんじゃないぞ?」

 

と。

 

そうか

 

これが「言葉の解像度が上がった」先にあるものか、と。

 

三語短文を始めて3ヶ月で

 

増えたのは約100個の学習用語だけじゃない。

 

その周りに付随する言葉も増えた。

 

さらにそれらを頭の中でこねくり回すことで磨かれた思考力

 

そういうものが、彼らの「言葉で紡がれた世界を見る時の解像度」を上げたってことだろう。

 

もうこの先が見えたよ。

 

小6達にとって、国語の文章は単なる入試科目やテスト科目ではなくなっていく。

 

文字で紡がれた未知の世界

 

ただ知らなかったことを知れる文章

 

楽しい

 

面白い

 

感心

 

共感

 

納得

 

そして

 

感動

 

 

言葉が増え、その言葉を使った思考ができるようになると

 

 

国語という科目は

 

なんとも不思議な存在になっていく。