今回の変更、英断だったとの言葉をいただいた。
そして我が子の納豆英文法の受講の結果、学校に多くいる帰国子女達と対等に頑張るようになった、と。
今は高校部の方で頑張っている子だが、
その子の保護者曰く、納豆英文法の真の威力は中3になってからの精読で発揮されると。
うむ
その通りだ。
何のための文法か。
文法とは、単語の繋がりや語順を確定する「接着剤」が付いた設計図のようなものである。
それは文を読む中で気づかれ、磨かれていき、そして真の定着がなされるんだ。
美しいという形容詞
未然形は「美しかろ」
連用形は「美しかっ」「美しく」「美しゅう」
終止形は「美しい」
連体形は「美しい」
仮定形は「美しけれ」
命令形は存在しない。
これを理解し、覚えても形容詞を自在に使い、自信をもつことができるかどうか。
無理なのだ。
形容詞がたくさん使われた文を飽きるほど読む。
その蓄積で、ようやく違和感なく形容詞をマスターできる。
英語も同じだ。
確かに納豆英文法はすごいと思うよ。
自画自賛だが、普通の日本の小中学生達の頭にするりと入る教え方だし、体系だと思う。
でもね
それだけじゃだめなんだ。