国語や歴史が好きだった、というは確かにある。
しかし
それと同時期に「算数でモヤっ」が始まっていたことも事実だ。
それが
「4人って15人の何%?」
という問題で、
4÷15
という計算式になる瞬間だった。
まず計算力に絶対的な自信のあった僕にとって
計算とは「実体物を数えたりするときの手段」であった。
さっきの記事に書いたように、
「500ページの本がある、初日に140ページ読み、2日目に243ページ読んだ。残りは何ページ?」
のような問題が大得意だった。
そんな僕にとって、割り算とは「多くの数があるものを均等にみんなで分ける」という実体世界の時に出てくる物だったんだ。
それなのに
4÷15
という、普段の生活では滅多に出てくることがない式。
これが僕の「実体世界を計算」という感覚と合わなかったのだ。
ただ、計算力だけはぶっちぎりであったので、正解は出せた。
しかしそこに僕なりの「理解」がなかったんだ。
もちろん、その後割合というものの根本を理解した瞬間はきたよ。
でも、当時染みついた「モヤっ」の感覚が完全になくなることはなかったんだ。
もしあの時、ちゃんと言語化して自分で納得していたなら
もしかしたら違う分岐点を通過したのかもしれないね。
僕ら講師の役割はここにある。
自分では何の躓きもなく通過したところに、目の前の誰かが躓いている。
それを忘れてはならない。