ゴールからの逆算で、
やらなければならないことの総量は決まっている。
積み上げなければならない知識の総量はもう決まっているのだ。
だからそれをどこかのタイミングで積まなければならない。
多くの子はその積み上げ開始の時期が遅いから間に合わない。
能力の問題ではなく、容器に必要な分量を入れることが期限までに間に合わなかっただけなのである。
だから早く始めろと言ってる。
でも、それを分かっていてもなかなか始められないのが人というものだ。
まして子供なら、なおさらである。
松江塾は明確なゴールを設定した。
ただのキャッチフレーズじゃない。
明確で具体的な目標だ。
松江塾に通う子は最低でもMARCH関関同立
これから何度も言うフレーズだろう。
このサボり魔の僕でも行けた大学群だ。
積み重ねるべき知識の総量はそれ以上の大学群に比べればさほど天文学的な量でもない。
ただ、それでも同学年の上位10%以上しか行けないところ。
それなりの覚悟と行動はどうしても必要なのだ。
つまり「大変」「困難」ってことだ。
でも、それでもみんなで乗り越えるためにはどうすれば良い?
分割する
これしかないだろう。
なるべく負荷のないように分割。
なるべく小さく、軽く。
総量が決まっているのなら、なるべく大きな数で割ったほうがいい。
つまり
365で割る
これが地球上、最も困難を小さく分割するための数字だ。
松江塾は毎日課題が出る
これを「キツい」と判断する人がいるが
真逆である。
一番キツくないようにしただけのことだ。
これは、目標やゴールを決めたからであって
ただ何となく楽しく友達と通塾できればいい
という意識の持ち主は除外してある。
そりゃそうだ。
そしたらそもそも「学ぶべき総量」なんて話にはならないから。
お客様に喜んで満足を得てもらい、お金をいただく。
それで成り立つ層はうじゃらこいるわけでね。
でもそういう層の子達もいずれ欲しくなるんだよ。
一生背中に背負う大学名を。
そこに待ってるのは、その気持ちを最大限利用する月額10万円以上のあんな塾やそんな塾
でも、それでもそれで手にできる子達はひと握り。
そりゃそうよ。
中学受験が異様に加熱して数年が経つ。
ますます難関大学は縁遠くなっていく。
そこに楔を打ち込み、松江塾の子達はゴリゴリ入っていく。
そのために最大限、負荷を軽くしていく。