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川越にある松江塾!代表真島による何でもブログ!

学力は「点数」で測れるが、では「母親力」は何で測るのか

 

僕には二人の子供がいる。

 

長男はただのゲラお。

 

もうすぐ社会に出ていこうとするまでに成長した。

 

浦和高校から一橋大学

 

松江塾で育った子なので、特に僕らがギャーギャー言うこともなく自学で進学していった。

 

そんな息子が育っていく中で

 

周りには同世代の子やその親がいて

 

直接的、間接的にいろんな子や親を見てきた。

 

もちろん学力もバラバラ。

 

でもそんな彼らが21歳になった今

 

学力だけではない、「結局のところ、どう育ったか」というところも知ることができる時がきた。

 

中には超高学歴を捨て、起業した子もいるし

 

大学にはいかずに公務員試験を突破した子もいる。

 

得意なスポーツで大学に入り、今も頑張っている子もいる。

 

専門学校で好きな分野で就職をした子もいる。

 

当然、どの段階でも「学力」は教科の点数で測ることができ、それによって序列化も可能だっただろう。

 

しかし

 

みんなそれぞれにちゃんと道を決め、歩き始めているようだ。

 

そして

 

忘れてはならないことがある。

 

そういった全ての子達には

 

それぞれに親がいる。

 

特に「お母さん」がいる。

 

僕がこれまで自分の子育てだけではなく、塾を通じて見てきた「お母さんたち」。

 

子供には「学力」が一つの大きな指標になるように、

 

お母さんたちにも「母親力」という指標があるのではないか

 

と常に思ってきた。

 

 

 

ではその指標は何なのか

 

一体、何をもって「母親力がある」「母親力がない」と判断するのか

 

もちろん

 

ここでは子供の学力に限定せず、

 

「ちゃんとした成長」

 

を支える上での「母親力」に注目したい。

 

 

そう、ゲラおの周りにいる幼馴染みたちのお母さんのように。

 

 

僕が思う「母親力」とは

 

 

 

 

 

子供を御す(ぎょす)力

 

 

 

 

「御す」とは何か。

 

 

辞書には・・・・

 

(「馭する」とも書く)馬や馬車巧みに扱う。「暴れ馬を—・する」

他人自分の思い通りに動かす。「部下巧みに—・する」

統治する

政府暫く愚民を—・するに一時の術策用い」〈福沢学問のすゝめ

 

と書いてある。

 

英語なら「control」だ。

 

 

子供をいかにコントロールするか。

 

 

さらに言うなら、コントロールされていると気づかれることなくコントロールできるか。

 

 

子供が自分で全てを決めているように思いながらも、実は親のコントロール化にあるかどうか。

 

 

子供の日々の行動、言動などに親の意思や指示がどの程度瞬時に反映されるか。

 

 

この意味において「高い母親力」を持っている人は

 

 

「子供は自由に伸び伸びとさせたい」

 

と口では言いながらも、うまいことしっかりとコントロールする。

 

 

この「母親力」は

 

子供を見れば一目瞭然である。

 

 

 

しっかりと常日頃から御されているかどうか

 

 

 

そしてこの「御されているレベル」が授業内で僕らが生徒を「御す」ときにもそのまま反映される。

 

 

 

当たり前の話だが

 

 

しっかりと日々御されることに慣れた子は

 

僕らの授業に対しても

 

 

また

 

 

学習内容にもしっかりと御されることになるわけで

 

 

当然ながら学力も自然と高くなっていくのである。