うむ
今、松江塾保護者の方とLINEをしながら考えたんだ。
「子育てを成功させたい」
という願いは、「成功したか」の判定が出る日があることを前提としているってことだけど
「その日」は来るのかしらん。
高校に受かった日
嬉しさは一瞬、落胆も一瞬
すぐに「次」が動き出す。
大学に受かった日
これまた一瞬の心の動きはあるが
そこから子供は一気に離れていく。
それは正解かどうなのか。
そして就職
子供が社会に出ていく姿を見送ることで、何か「正解」を実感できるのか
結婚
出産
転職
離婚
転勤
再婚
いろんな出来事が次から次へと起こり、その何かから「正解」か「不正解」かの判定を感じられるのか。
僕は我が子らの子育てを「大学入学」まで見てきたが
今感じるのは
「結局いつになっても見てるだけ」
なのは変わらない。
正解か不正解だったかなんて頭にはなく、
結局目の前に自分の子供の「今」があるだけ。
ほんと、それだけ。
だから親としてあるべきなのは
あるかどうかも分からない「正解」を求めるんじゃなくて
ただ、しっかりと我が子の「今」を見つめること。
それなんじゃないか。
と、頭ピンクのなし子を見ながらこの記事を書いている。