川越の塾|川高川女合格専門! 爆裂松江塾!in 川越

松江塾代表真島による何でもブログ!

英語、やっぱり「最初」が大事

 

英語が苦手になってしまった子達

 

なんとなく自信が持てない子達

 

本人や保護者の方々とやり取りしていると

 

同じところにたどり着く。

 

最初はね、

 

不定詞がちょっと…」

 

とか、

 

「受動態が全然…」

 

とか、

 

そういう単元の話になるんだけどね、

 

さらに聞いていくと、そういうところじゃないんだよね。

 

 

もっともっと根っこのほう

 

 

 

 

 

 

私は 毎日 納豆を 食べる

 

I eat natto every day.

 

 

 

 

この段階でしっかりと地面を踏み固めなかったことが全ての原因。

 

 

 

私は

私は毎

私は毎日

私は毎日納

私は毎日納豆

私は毎日納豆を

私は毎日納豆を食

私は毎日納豆を食べ

私は毎日納豆を食べる

 

視覚的に書いてみた。

 

日本人は日本語をこのように1文字ずつ頭に入れて情報を理解する。

 

この語順でスムーズに。

 

しかし日本語の場合はその語順に強い制約はない。

 

私は納豆を毎日食べる

毎日私は納豆を食べる

納豆を私は毎日食べる

毎日納豆を私は食べる

納豆を私は毎日食べる

納豆を毎日私は食べる

 

若干のニュアンスの違いはあるが、これだけの語順が許されるのが日本語。

 

つまり僕らは脳内に入ってきた「主語」「修飾語」「述語」という要素を脳内で組み合わせて内容を汲み取る。

 

会話であれば倒置だってバンバン起きるしね。

 

「毎日納豆を食べるよ、私は。」

 

とかね。

 

こうやって語順に関しては受け手の脳内補正の助けを借りるから、

 

僕らは「語順」に対してはそれほど大きく意識をしない習慣?癖?のようなものができてると思うんだよね。

 

単語の意味さえ分かればOK、みたいな。

 

納豆

毎日

食べる

 

これらが情報としてゴチャッと入ってくれば理解できるから。

 

極端な話、これでも理解できるんじゃない?

 

 

納を私毎食は豆る日べは

 

 

まあ、さすがに単語をぶった斬るとしんどいか…。

 

話が逸れた。

 

 

 

 

そうやって、なんとなーく語順意識が弱いまま「理解できちゃう」日本人にとって、

 

語順意識の強い英語は、「情報伝達の手段」というものに対する意識そのものを変えないといけないんだよ。

 

 

例えばサッカーであれば、

 

「手を使わないで相手のゴールにボールを入れれば得点ゲット!」

 

これが日本語。

 

それに対し

 

「必ず右足から歩き始め、ドリブルは左右の足で交互に。シュートは相手を2人抜いてから左足で決めたもののみが得点ゲット!奇数得点はこれをフィールドの右半分だけ使い、偶数得点は左半分を使いなさい」

 

これが英語。

 

 

ルールが大雑把な状態で12年間サッカーをやってきた子が、いきなりのルール変更を求められるんだ。

 

特定の相手の時だけ。

 

 

 

 

英語ができなくなってる子達の根本は、

 

そういう言語間の前提の違いを明確に教わってないってことなのよ。

 

 

ルールを覚える前に、

 

それだけ「ルール」というものが違う世界なんだよ

 

ってことをしっかり自覚してない状態。

 

 

 

いきなりボール渡されて、試合開始のホイッスル。

 

左足でボールを蹴り出した瞬間、審判の笛が鳴る。

 

 

え?なんで?

 

 

 

その後、自分にボールがパスされ、利き足の右足でドリブルをして2歩目でまた笛。

 

ええ?なんでなんで?

 

 

まさにこの状態が、英語が壊滅的になってる子達の授業中の気持ちなんだよね。

 

 

そりゃー地獄だよ。

 

 

 

そこをね、僕は徹底的に染み込むまで伝えるだけ。

 

 

 

それだけ。