日本語って、よく仕組みが分からなくても使えてるよね。
言語っていうのは伝達ツールだから
仕組み云々よりも内容が伝わることが大事なんだ。
だから繰り返し繰り返し使うことで
「伝える」ということができるようになって
習得
を実感するんだよね。
でも
それを「教科」として扱う場合には
理屈や仕組みを「理解」しないといけない。
なぜなら
「それを分かってますか?」
と確認されるテストが出るから。
例えば日本語なら
「買ったことを忘れられてしまった」
という文を単語に分けてください!
と問われるような感じだ。
買っ
た
こと
を
忘れ
られ
て
しまっ
た
しかもそれぞれの品詞を答えてくださいって言われたら?
これがなかなかしんどいよね。
言語だから意味さえ分かればいいじゃん!
っていう学習と、教科として学習する場合には
ここまで差があるってことなんだ。
これが分かってないと、
幼少期からの早期教育が「ほぼ無駄」ってことになりかねないからね。
仕組みが分かる
理屈が分かる
そういう学習を積み重ねて
「分かる」ってことが分かるようになると
言語学習の壁を超えて賢くなっていくんだよね。