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松江塾代表真島による何でもブログ!

「テスト」は誰のものか

 

誰しも、学生時代の思い出はあるだろう。

 

僕にもある。

 

そして

 

その思い出の大半は

 

きっと、友達との楽しかった日々なのではないか。

 

そして

 

勉強や部活に打ち込み、大変だった日々

 

乗り越えた喜び

 

悔しさ

 

そういうものではないだろうか。

 

 

何が言いたいか。

 

 

 

僕が言いたいのは

 

記憶に残る学生時代の思い出は

 

全て自分が主人公であり

 

あの時、自分は何をやったか

 

あの時、自分はどんな状況にいたか

 

あの時、自分はどれだけ頑張ったのか

 

きっと、そういう記憶が大半なのではないか

 

ということ。

 

残念ながら

 

そこに、

 

その主役たちが集うところに

 

「先生」は、

 

あまり登場しない、はず。

 

 

重要なポイントにいることは

 

もちろん覚えてるんだよ。

 

 

でもさ

 

特に頑張った時の記憶には

 

先生って残らなくないか?

 

 

自分が頑張った

 

自分達が頑張った

 

 

そういう記憶に比べると

 

先生って

 

きっとものすごく薄い。

 

 

なんだろ

 

多分、校舎とか教室とかグラウンドとか

 

学校の物質的な物たちと同列のもの?

 

みたいな感じなのかもしれないよね。

 

 

当時の友達と再会して

 

先生の話になることはあるよ。

 

でもさ

 

やっぱり自分や自分たちと立ち位置は違う気がするんだ。

 

 

 

そうそう

 

なんでこんなことを書くか、というとね

 

 

 

中高生にとって「テスト」っていうものは

 

100%、生徒本人のものでなければならないと思うんだ。

 

 

前に立ちはだかり

 

威圧してきて

 

それでも頑張ってよじ登り

 

乗り越え

 

達成感を得る。

 

 

このテストから得られる経験は

 

全て生徒自身の財産なんだから。

 

 

だから、先生の作った予想問題だけで

 

乗り越えさせちゃ、いけないと思うんだよ。

 

 

僕らは

 

環境を用意して

 

その環境の質を保つ

 

つまり

 

僕らの記憶に残っているような先生達と同じように

 

その空間の物質的なものの一部?

 

程度でいいと思うんだよね。

 

 

というか

 

少なくとも松江塾において、僕はそんな存在だから。

 

 

そういう塾、

 

 

ちょっと珍しいとは思うけどね。