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松江塾代表真島による何でもブログ!

子供の「習い事」についての話

塾をやっていると

 

生徒の「習い事」との兼ね合いでいろんな場面を経験する。

 

一番端的に現れるのが

 

「その曜日は習い事があるので塾に来れない」

 

からの入塾断念

 

これである。

 

ピアノ

 

サッカー

 

ラグビー

 

野球

 

卓球

 

水泳

 

習字

 

そろばん

 

ダンス

 

チア

 

バトン

 

バレエ

 

バレーボール

 

バスケ

 

陸上

 

剣道

 

空手

 

キックボクシング

 

柔道

 

英会話

 

26年間、塾の先生をやってきて

 

経験した生徒の習い事はこんな感じかな・・・。

 

まだあるかな

 

ないかな?

 

キックボクシングは女の子ね♬

 

この子は最近、細部屋にいる僕の横で自学することが多い。

 

誰が見てもキックボクシングの手練れだとは思わないJKである。

 

さてさて

 

この習い事

 

一体何のためにやらせるのか。

 

そして

 

始めたきっけかは何か

 

なぜやらせるのか

 

いつまでやらせるのか

 

止めるタイミングやきっかけは何か

 

色々と、ちょっと思うところを書いてみたい。

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

まず始めるきっかけについて

 

これ、一番多いのが

 

「仲の良い友達がやっているから、自分もやってみたい」

 

じゃないかな。

 

これは子供本人が言い出す場合もあるし、

 

ママ友の影響もあるよね。

 

親がどうしてもやらせたかった、というのもあるとは思うが

 

こうなると、「習い事」のレベルを超えていく可能性が高いよね。

 

プロ野球選手にしたい!とか

 

自分の夢を我が子に託す!!とか

 

まあ、ここではそういう「ガチ」は除外するね。

 

あくまでも「習い事」の範疇、ということで。

 

さて

 

こんな感じで、始めるときは「軽いきっかけ」であることが多い習い事。

 

そろばんや英会話も、

 

「それを武器に!!!」というよりは

 

「やっておいた方が先々得なこともあるだろう」

 

という程度の人が多いんじゃないだろうか。

 

 

そして習い事が始まる。

 

決まった曜日、決まった時間

 

その習い事に時間を使う。

 

最初こそ大変だが、そのうち「習慣」「リズム」になっていく。

 

要は、負担ではなくなっていくんだよね。

 

習い事が続くかどうかは、まずこれが大事。

 

そして次

 

送り迎えの時とかに、その習い事をやっている我が子の姿を見るよね

 

これがね

 

面白いんだよ

 

嬉しいんだよ

 

楽しいんだよ

 

親として我が子が楽しそうに頑張っていたり、

 

一生懸命に取り組んでいる姿を

 

自分が手を出さなくていい状態で見るっていうのは。

 

小学校生活が始まると分かるが

 

習い事をしないと、我が子の頑張る姿って

 

実はそれほど見る機会がないんだよね。

 

運動会

 

合唱祭

 

授業参観

 

そういったものは定期的にあるが

 

習い事の練習風景や試合を見るようになると、

 

学校のそういうイベントはあまり感動しなくなるんだよね。

 

いや、僕ら夫婦の場合はって感じかもしれないけどね。

 

これが習い事を続ける理由の一つだと言ってもいいだろう。

 

さらに

 

その習い事コミュニテイの中での人間関係が出来上がる。

 

コーチや先生との関係

 

チームメイトとの関係

 

ママ友との関係

 

これがガッチリ自分の生活の中に組み込まれると

 

ますます習い事が生活の中で大きなウエイトを占めるようになる。

 

 

 

つまり、辞められなくなるんだよね。

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

で、小学校も三年生や四年生くらいになると

 

その習い事における「我が子の能力」や「可能性」も見えてくる。

 

 

つまり、

 

それで食べていけるとか

 

それに特化して進学できるとか

 

そういう可能性ね。

 

 

 

これは親の目を曇らせる部分でもある。

 

チームの中で一番上手い、とか

 

先生に可能性について認められる、とか

 

まあ親としては

 

我が子が一番上手いって思いたいし、可能性があるって少しでも感じたいわけじゃん?

 

でもね

 

少なくとも小学校高学年くらいまでに

 

「全国で名が知られてる」

 

「関東では敵なし」

 

それくらいのブッチギリ状態でもない限り

 

割と早い段階で限界は来るんだよね。

 

ちょっと暗い話かもしれないけども。

 

 

まあ、そりゃ分かるよね。

 

 

毎年甲子園に何人の高校生が出場する?

 

で、プロ野球の世界を見てみて、

 

「同年齢」の選手が何人いる?

 

知ってる?

 

活躍してる?

 

ほら、ね?

 

甲子園に出場する子なんて、

 

もし自分の地域にいたとしたら

 

それはもう

 

「神童」レベルでしょ?

 

 

少年団でレギュラーだ、とか、

 

地域の選抜選手に選ばれた、とか、

 

市のコンクールで金賞取った、とか、

 

そういう次元じゃどうにもならないでしょ?

 

現実的な話・・・

 

 

 

大人の目で見て

 

その世界で食べていけてる人の人数を考えてみて

 

その人達が

 

自分の子供と同年齢の時に

 

どれだけブッチギリだったのかを調べてみたほうがいいかもね。

 

 

でも、まあ

 

そんなことは書かずともみんな分かってるかな。

 

 

別にその先について

 

絶対的な希望や可能性を感じてなくても

 

まあ、せっかく始めたものだし

 

子供が楽しそうにやってるし

 

人間関係も出来上がってるし

 

このまま続けようかな

 

これが正直なところだろうね。

 

やはりここでも

 

我が子の活躍は少しでも見たいし

 

頑張ってる姿は感動するしね。

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

でもさ、

 

その習い事、いつかは辞めることになるよね。

 

可能性がないから辞める、ということじゃなく

 

 

辞めざるを得ない、って感じだね。

 

 

そこで登場するのが、僕ら「塾」の存在だ。

 

 

我が子の「中学」を考えると、

 

「勉強」からの「受験」と思考は進んでいき、

 

塾に通わせる、という行動をとる。

 

 

 

僕の感覚だと

 

何かしらの習い事にそれなりの熱量を持って取り組んできた子やその親は

 

勉強に関しても同じような熱量を注ぐように感じる。

 

 

人の熱量や行動には限りがあるから

 

「特化」

 

という選択をするというのは想像に難くないだろう。

 

 

はい

 

そうね

 

ここで習い事は卒業

 

 

 

これが僕自身の子育てや塾生を見ていて思うこと。

 

 

 

 

やば

 

2000文字を超えてしまった。

 

 

僕の目の前で天使な奥様が

 

プレのチャレンジ問題を選んでいるからだ。

 

 

その集中力が感染した・・・笑

 

 

 

 

長い文、最後までお読みいただき

 

ありがとね