川越は古い街である。
駅近くは新しいマンションが乱立するものの
駅から少し離れると
夜は人通りも全くない通りも多い。
あれは何年前だっただろうか
僕が仕事を終え、家に向かって車を走らせていた時のことだ
時間は１０時半を少し過ぎた頃
人通りのない道を
僕は今日の授業のことを思い出し
心地よい疲れを感じながら前を見つめていた。
信号は赤
交差点を横切る車もない
歩行者用の信号が点滅し始めた時
ふと、そこに立っている人の姿が目に飛び込んできた。
別に暗いわけでも、死角に入っていたわけでもないのに
その瞬間までその人の姿に気づかなかった。
服の色のせいか
いや、でも違う
茶色いスカートに白いブラウス
セミロングの髪の毛
闇に紛れ込むような色でもない
しかし
今でも覚えているその後ろ姿の違和感
おそらくほとんどの人が同じ感覚を抱くはずだが
ブラウスにスカート、そしてヒールの少し高めのパンプス
そういう女性が夜の交差点で
バッグを持っていない時の違和感
右手も左手も
何も持たずに
だらり
と下げている、その立ち姿
時間にしてどのくらいだったか
車も人も通らない
その夜の交差点で
車の中にいる僕
僕に後ろ姿だけを見せて立つ女性
あの瞬間、そこにいたのは
僕とその女性だけ
でも、違和感はそれだけじゃなかった。
その女性が立っていたのは
交差点の向こう側だったのである。
これから交差点を渡ろうとしているのではなく
渡りきったその先に立ち、
僕に後ろ姿を見せて立っていたのだ。
交差点の向こう側には少し古めの民家
その民家の方を向いて
バッグも持たずに立つ女性
信号を待つのでもなく、ただ向こうを向いて立っている
なぜか僕は
その女性から目が離せなくなった。
意識が引き剥がされたのは
いつの間にか後ろに止まっていた車からのクラクション
僕は青信号に気づかず、止まったままだったのだろう。
僕は踏んでいた意識もなかったブレーキペダルから足を離し
アクセルを踏んだ。
前を見てはいるが、
視界の端には、はっきりとその女性の
茶色いスカートと白いブラウス、セミロングの髪を入れながら
僕は交差点に侵入した。
ここからの出来事が
僕はいまだに理解できないでいるのだが、
その女性
僕が交差点に侵入し車を走らせて行っても
僕から見える後ろ姿に変化がないのだ。
どんな顔しているのか
そもそも何歳くらいの女性なのか
それを見てみようと思いながら車を前に進めているのだが、
僕から見えるのは
後ろ姿だけ。
そろそろ交差点を抜けようかというところに来ても
僕から見えるのは
その女性の後ろ姿だけ
さすがにこのあたりで
背中に寒いものが走った。
子供の頃に二度ほど、おそらくは見えるはずのないものを見た経験があるが
大人になってから
しかも、こんな日常生活のど真ん中で
そんなことはないだろう
そういう思いと
多分、そうかもしれない・・・
という思いが錯綜した。
交差点を完全に抜け、その女性の横を通り過ぎる時
僕は覚悟を決めて
首を右に向けた。
視界に何となく収めるのではなく
その女性を見るために
首を横に向けたのだ。
もしその時、その女性の後ろ姿しか見えなければ
僕が赤信号で止まっている時から
その女性は９０度、体を右に回転させたことになる。
しかし、
見ている限り、足は動いていない。
相変わらずだらりと両手を下げ、
少しうつむいた頭
しかし
僕の願いとは逆に
やはり、見えたのは
後ろ姿だけ
であった。
もう、そうなると
見たい気持ちと、見てはならないという気持ちが
ごちゃごちゃになる
あの時、あの後
ルームミラーを見ていたとしたら
一体何が見えていたのだろうか
いまだに思い出すと
全身に鳥肌が立つ。
